投稿者: matsuyama-allian
2023年3月5日 礼拝説教要旨
きょうどう-2023年 No.10 神の国は来た
しかし、わたしが神の指で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちのところに来ているのだ。
ルカによる福音書第11章20節
教会の暦では、主イエス・キリストの御苦しみを覚える「受難節」の第二主日を迎えました。今日の箇所は、主イエスが悪霊を追い出し、その人がものを言い始めたとき、ある人が、主イエスに対してひどい言葉をぶつけたことに対して、それに正々堂々と反論なさったところです。
2000年前の時代において、病気は悪霊の働きによっても起こることとされ、苦しむ人の中に悪霊が入り込んで精神的肉体的に病的な状態をもたらすとされていました。そういう状況の中、苦しんでいる人に主イエスが寄り添って悪霊を追い出されたのに、群衆の中には、「あの男は悪霊の頭ベルゼブルの力で悪霊を追い出している」というひどい言葉をぶつけてくる人があったのです。その時、主イエスはその言葉を発する人の心を見抜かれ、反論をなさったのです。
まず、あなたがたの言うことが正しいなら、親分が子分を追い出していることになり、内輪の争いである。そうであれば、その国は倒れて成り立たなくなる。その当時、ユダヤ教指導者で悪霊を追い出す業をする人たちもいたが、その人たちは問題とせず、主イエスのみを悪霊の頭の力で行っていると言うのはおかしいと反論され、そこで、ここに神の力強い御業が表されているのだから、神の国は来ていると宣言された。
2023年2月26日 礼拝説教要旨
きょうどう-2023年 No.9 荒れ野の試み
イエスは、「『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある」とお答えになった。 ルカによる福音書第4章4節
教会の暦では、先週より「受難節」に入りました。4月9日のイースター(復活祝日)前日までの6週間、主イエス・キリストの御苦しみと十字架に向かって歩まれる道行を思い起こし、この方が成し遂げられた御業によって自らの罪が贖われたことを覚えて信仰を新たにする時です。
今日、受難節第一主日の箇所は、主イエスが荒れ野で誘惑を受けられたところです。主イエスがヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受け、聖霊が降り、天から「あなたはわたしの愛する子」という救い主と任命される声を聞き、救い主としての歩みが始まりました。そして向かったのが荒れ野でした。荒れた寂しい場所に向かったのは、霊に導かれてであったのでした。そこで、40日もの間、何も食べず過ごし主イエスは空腹を覚えられたのです。そのひどい空腹のとき、誘惑が来たのです。「あなたが神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ」というのです。今の空腹を我慢せず、神の子なのだから、神に頼らず自分の力でその苦しみを取り除いたらどうだという鋭い誘惑です。
この誘惑に対して、主イエスは「『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある」と答えられました。この言葉は旧約聖書・申命記8章3節の言葉でした。イスラエルの民が荒野の40年の旅で天からの食べ物で養われたように、主イエスは神を信じその養いで生きると宣言された。
2023年2月19日 礼拝説教要旨
きょうどう-2023年 No.8 奇跡を行うキリスト
すると、イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで、それらのために賛美の祈りを唱え、裂いて弟子たちに渡しては群衆に配らせた。
ルカによる福音書第9章16節
主イエスのなさった、五千人以上の人々に食べ物を与えられた奇跡は、4つの福音書すべてに記されているほど、記憶に残る奇跡です。
きっかけは、伝道旅行から帰って来た弟子たちを休ませるために、主イエスが彼らを連れて人里離れた場所に行かれ、それを知った群衆が後を追って来たことでした。その群衆の姿をご覧になられた主イエスは、喜んで迎え、彼らに神の国のことを教え、治療の必要な人々を癒されたのでした。そうこうするうちに日が傾きかけたので、弟子たちは、そばに来て主イエスに「解散させてください。彼らは自分で宿をとり食べ物を見つけるでしょう。」と進言したのです。
ところが、主イエスは「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」と思いがけないことを言われたのです。この言葉に弟子たちは、きっと自分でどうしたらよいか、切実に考えたことでしょう。そうして、自分たちには、こんな大勢の人々に食べさせる食べ物がないことに気づいたのです。五つのパンと二匹の魚しかないと告げたのでした。
すると、主イエスは弟子たちに群衆に組になって座るように指示され、主はこのパンと魚を取り、天を仰いで祈り、裂いて弟子たちに渡して配らせたら皆が満腹したのです。主は人々を養ってくださる方です。

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