投稿者: matsuyama-allian
2023年3月26日 礼拝説教要旨
きょうどう-2023年 No.13 神の救いのご計画
そこで、ぶどう園の主人は言った。『どうしようか。わたしの愛する息子を送ってみよう。この子ならたぶん敬ってくれるだろう。』
ルカによる福音書第20章13節
神は私たち人間を救うために、そのひとり子をこの世に送り、十字架に付けていのちを与えるほどに私たちを愛し救ってくださいました。このような神の救いについて、主イエスは、ご自分が十字架に付けられる三日前に民衆にたとえをもって教えられました。それが今日の箇所です
このたとえは、ある人がぶどう園を作りこれを農夫たちに貸して長い旅に出たことから始まります。そして収穫の時になったので、持ち主は、収穫を納めさせるために僕たちを遣わしました。しかし、農夫たちは僕たちを袋だたきにして何も持たせないで追い返しました。この意味は、神から人間は良きものを活用するように託されていて、収穫の時にその一部を神にお返しすべきものなのです。しかし、私たち人間はこの農夫たちのように、返さないで自分のものと思ってしまうのです。
しかし、ぶどう園の主人が愛する息子を送ったのです。けれども、農夫たちはその息子を殺してしまいました。このように、主イエスは語られつつ、ご自分が神から遣わされた神の御子であるご自分に対して、できれば、殺さないでほしいと願っておられたでしょう。しかし、ご自分が殺されることも覚悟しておられたと思います。このたとえの通りのことがイエスの身の上に起こり、神の救いが成し遂げられていくのです。
2023年3月19日 特別礼拝式(小島誠志師)
きょうどう-2023年 No.12 石を投げる
「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、
まず、この女に石を投げなさい。」
ヨハネによる福音書 第8章7節
罪を犯した人に石を投げるのはたやすいことであります。
正義感にかられて石を投げるのであります。
しかし、石を投げる前に、自分はそうした罪に本当に無関
係な人間かどうか、問うてみなければなりません。
同情のない「裁き」は、しばしば大きな誤ちを犯すことに
なるのであります。
小島 誠志 師(日本キリスト教団久万教会牧師)著
「朝の道しるべ」―聖句断想366日-より
2023年3月12日 礼拝説教要旨
きょうどう-2023年 No.11 主イエスに従う
それから、イエスは皆に言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。
ルカによる福音書第9章23節
今日受難節第三主日の聖書箇所は、主イエスが弟子たちに「わたしを何者だと言うのか」と問われたことに対して、弟子のペトロが「神からのメシアです」と答えたところです。そしてそれに続いてご自分が救いの道を開くために十字架への道を歩む告白をなさったところです。
主イエスのご生涯においてこれまでの歩みは、主イエスの教えを聞くために多くの人々が関心を持って集まって来た時でした。しかし、それを喜ばない宗教指導者たちの主イエスへの批判やねたみが高まっていました。そんなとき、主イエスは深い熟慮のすえに弟子たちに、自分をどう受け止めているのかを問われたのです。すると、弟子のペトロが「神からのメシアです」と答えたのです。あなたは、私にとって神から選ばれた真の救い主だと告白したのです。弟子たちの信仰の告白です。
このように弟子たちがイエスを神からのメシアと告白したのを聞かれた時、主イエスは、これからどういうことが待ち受けているかを語られたのです。ご自分が必ず多くの苦しみを受け、指導者たちから排斥され殺されるが三日目に復活する。苦しめられることが神の御心であると受け止めて踏み出されるのです。人々の裁きを引き受けて救うためです。こう語られて、主イエスは弟子たちにこの道に共に歩むよう招かれた。

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