2023年4月23日 礼拝説教要旨

きょうどう-2023年 No.17  まさしくわたしだ

こう言って、イエスは手と足をお見せになった。

                            ルカによる福音書第24章40節

 

先週、悲しみながらエマオに向かう二人の弟子に見知らぬ人(復活された主イエス)が一緒に歩かれて、旧約聖書全体からメシアの苦難と栄光を教えられ、復活の主ご自身を現されたので、彼らは、イエスが復活されたと信じたということを学びました。

喜んでエルサレムに引き返した彼らを含めて弟子たちが家の中で話し合っていた時、彼らの真ん中に主イエスが立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われたのです。シャロームというあいさつの言葉というだけでなく、彼らに主イエスの平安をお与えになりました。

しかし、彼らは恐れおののき、亡霊を見ているのだと思ったのです。その彼らに対し、主イエスは「なぜ、うろたえているのか。どうして心に疑いを起こすのか。わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見なさい。」(38,39節)と言って、ご自分の手と足をお見せになられました。主イエスの両手、両足には、十字架刑で傷ついた生々しい釘の傷跡があったことでしょう。それを見た弟子たちは、この方が間違いなくイエスと分かり喜びに溢れました。喜びのあまりまだ信じられずに不思議に思っていると、主イエスは彼らの目の前で、差し出された焼いた魚を食べられました。そのようにして主イエスはご自分が亡霊ではなく、からだをもって復活されたことを示してくださったのです。

2023年4月16日 礼拝説教要旨

きょうどう-2023年 No.16 共に歩まれる復活の主

話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。
                                                                                   ルカによる福音書第24章15節

 

二人の弟子がエルサレムから約11キロ離れたエマオという町に向かって歩きながら、最近起こった、イエスが十字架に付けられて、なくなられたことを話し合っていました。
その時、彼らのそばにいつのまにか、見知らぬ旅人が近づき、彼らと一緒に歩き始められたのです。実は、その旅人は主イエスでした。しかし、この時彼らの目が遮られていて主イエスだとは分からなかったのです。なぜ二人の弟子は主イエスが分からなかったのでしょうか。
主イエスが死んでしまわれたという深い悲しみのため、復活された主イエスが現れていたのに分からなかったのです。しかも、復活の主イエスのお姿があまりにも変貌していたからと考えられます。
旅人から、何を話しているのかを尋ねられて、彼らは主イエスが十字架に付けられて死なれたこと、その三日目の朝、墓に主イエスの遺体が見つからなかったこと、天使が現れて「イエスは生きておられる」と告げたが、彼らは主イエスが復活されたとは信じられなかったのです。なおも悲しみの中にありました。
その彼らの気持ちを知った主イエスは、聖書全体にわたってご自分について書いてあることを説明されたのです。そのとき、彼らの心は温められ、少しずつ心が開かれ、信じる者になっていったのです。

2023年4月9日 礼拝説教要旨

きょうどう-2023年 No.15  復活なさったのだ

中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかった。そのため途方に暮れていると、輝く衣を着た二人の人がそばに現れた。

ルカによる福音書第24章3、4節

 主イエスが十字架にかけられて死んでしまわれたことで絶望的な思いになっていた人たちがいました。それは主イエスについて来ていた女性の弟子たちでした。

彼女は週の初めの日、すなわち、日曜日の明け方早く、準備していた香油をもって主イエスの遺体が納めてある墓に行きました。せめて主イエスのお体に香油を塗ってさしあげたと思ったからです。

墓に近づくと、墓の入口が開いていたのです。思わず中をのぞくと、なんと、主イエスの遺体がどこにも見当たらないので、途方に暮れてしまいました。当然あるはずと思っていた主イエスのお身体がないのです。もうどうしてよいか、わからなくなって困ってしまいました。ますます悲しみがあふれたのです。

しかし、その彼女に大きな慰めと希望の光が輝いたのです。輝く衣を着た二人の人がそばに現れて「どうしてあなたがたは、イエスを捜すのに、まるで死んだ人を探すかのように探すのですか。」と語りかけてきました。イエスはもう死んでしまった、もういないと思っている彼女たちに、鋭く語りかける言葉でした。そして彼らは「ここにはおられない。復活なさったのだ。」と語りかけてきたのです。

2023年4月2日 礼拝説教要旨

きょうどう-2023年 No.14  十字架の言葉

 そのとき、イエスは言われた。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」

ルカによる福音書第23章34節

 

 今日から受難週です。主イエス・キリストの味わわれた苦しみと十字架の死に、私たちの思いを留めていきたいと思います。

主イエスが宗教指導者たちに捕らえられ、不当な尋問を受け、翌朝には彼らはイエスを総督ピラトに民衆を惑わした重罪人と訴えました。ピラトにはイエスから死刑にあたる罪を見出せません。なのに、彼らはイエスを十字架に付けるようにピラトに大声で要求し続け、ついにピラトはその要求を受け入れイエスを死刑に決めたのです。このような出来事は悲しく悲惨なことにしか思えませんが、私たち人類の代わりに受けてくださったことであるゆえに、私たちにはありがたい救いなのです。

主イエスが十字架に付けられた時、二人の犯罪人も一緒でした。十字架上で主イエスが語られた言葉から、主イエスの思いを聞き取りたいと思います。34節「父よ、彼らをお赦しください」。ご自分の苦しみの中で、神を「父よ」と呼びかけられ、神の前でご自分の心の中で一番思っておられたことが「彼ら」のことでした。彼らとは、イエスを十字架に付けるように要求した宗教指導者たちであり、イエスを直接十字架に付けた兵士でしょう。彼らをイエスは恨むのではなく、心配し、彼らの罪が神に赦されるように祈られたのです。赦しを懇願されたのです。