投稿者: matsuyama-allian
2023年7月23日 礼拝説教要旨 水野 健 師
きょうどう-2023年 No.30 決して見捨てない愛 水野 健 師
イザヤ書には、父なる神の愛が、激しい情愛の形で啓示されています。当時、イスラエルは北王国が滅ぼされ、南王国も危険な状況でした。人々は、神は我らを見捨てたと思いました。そのような中で、神は決してあなた方を捨てないと何度も叫んでいるのです。いくつかの例えで描かれています。
- 妻を捨てない情愛としてイザヤ54章6節
「若い時の妻をどうして見捨てられようか。」
- 乳飲み子をいとおしむお母さんの情愛で、イザヤ49章15節
「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れてもこのわたしはあなたを忘れない。手のひらにあなたを刻んだ。」
- 忘れないようにいつも見えるてのひらに、消えないように刻んだという
のです。その愛は人間とは違う永遠に変わらない愛であると説明されています。イザヤ54章8節「永遠に変わらぬ愛をもって、あなたをあわれむ。」
乳飲み子を捨てる母親はいません。しかし、現在、日本には子供の虐待があり、見捨てる親もいます。たとい、母親が乳飲み子を捨てるようなことがあったとしても、わたしは決してあなたを捨てないと主は言われています。
たとい、あなたが親から捨てられようが、人々から忘れられようが、大事な人から裏切られることがあっても主はあなたを大事な存在で、決して見捨てないと言っておられます。
新約聖書に移ると、私たちは世界の基の置かれる前から選ばれていた大切な存在であると説明されています。そして、神の子とするご計画に入れられていたというのです。現代人には見捨てられ感があると言われています。この神の愛の中に憩うことができるのです。
2023年7月16日 礼拝説教要旨
きょうどう-2023年 No.29 嵐を静めるキリスト
イエスは言われた。「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。」そして、起き上がって風と湖とをお叱りになると、すっかり凪になった。」
マタイによる福音書 第8章26節
イエス様を信じて歩む生活は、穏やかで順調に楽しい生活ばかりではなく、時には嵐が起こって行く手を阻み、前に進めないことが起こることがある。イエス様が共におられても嵐が襲ってくるのです。「湖に激しい嵐が起こり、舟は波にのまれそうになった。」
その嵐のために、舟の中に巻き起こる大変な状況に対して、弟子たちは何とか助かろうと必死に頑張っていたのでしょう。その中にも、イエス様は眠っておられたのです。イエス様はお疲れであったのです。そして、神の守りを信じて安心して眠っておられたのです。
しかし、弟子たちは、イエスが眠っておられるままで良いとは思いませんでした。イエス様に起きていてほしくて、「主よ、助けてください。おぼれそうです」と必死にイエス様に助けを求めました。
しかし起きられたイエス様は厳しい言葉を弟子たちに語ります。「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者」。イエス様は、彼らのそばにイエス様がいるのに、非常に怖がっている状態を、不信仰と思われたのです。あなたがたは、イエス様がそばにいると信じていたかと問われたのです。
イエス様は、彼らが求めていたよりももっと大きなことをなさいました。起き上がって風と湖をお叱りになると、すっかり凪になりました。

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