2022年11月20日 礼拝説教要旨

きょうどう-2022年 No.47 同胞のための悲しみ

わたし自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、キリスト
から離され、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています。

                   ローマの信徒への手紙 第9章3節

使徒パウロは、ローマ書においてイエス・キリストによって人類に与えられる福音を解き明かしてきました。8章ではキリストを通して人類に注がれた神の愛が力強く語られました。ところが、9章になると、これまでの燃え上がるような喜びの調べが急に深い悲しみと痛みの告白に変わっています。それは、神の愛と救いが全世界に与えられ、人々が喜びをもって受け入れているのに、自分の所属するユダヤの人たちがそれを拒んで、キリストを受け入れず、救いにあずかっていない状況があったからです。
パウロはキリストの福音に触れて、先祖伝来の神の約束が今や成就したと感じ、この喜びの知らせを同胞に宣べ伝えようとしました。ところが、同胞のユダヤ人たちがこれを拒否し、キリストを拒んだのです。それで、パウロはユダヤ人たちの反対の強いところでは、市街地や異邦人の家を用いて異邦人伝道に向かうようになりました。それで人々の中には、パウロがユダヤ人でありながら、ユダヤ人を顧みず、伝道をあきらめ、ただ異邦人だけのために働いているという非難がユダヤ人たちからなされたのです。それに対して、パウロは、自分は同胞ユダヤ人の救われるためならば、自分が救いから締め出されてもかまわないとさえ考えていますと告白するのです。それほどに同胞が救われるように真剣に祈っているのです。