きょうどう-2021年 No.35 神のみ前に生きる
「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。さもないと、あなたがたの天の父のもとで報いをいただけないことになる。」
マタイによる福音書 第6章1節
マタイ6章から新しい段階に入ります。ここでは、神を信じる者が神のみ前において、全面的に神により頼んで生きることを教えています。私たちが神と共に生きていこうとするとき、この世の中にあってどういうふうに気を付けて生きていくべきかということです。
ここに「善行」とあります。これは、当時のユダヤ人の重んじていた信仰生活の具体的な行いでした。「施し」「祈り」「断食」です。この行為をしていくとき、陥りやすい問題点があるというのです。
信仰は心の中で信じることですが、必ず表に現れてきます。信仰生活の中で行いがあらわれてくることは大切なことです。今日の私たちに照らせば、礼拝を忠実に守る、献金をささげる、日毎に祈ることをしています。それらは大切なことであるがゆえに、その中で問題も起こりやすいのです。偽善になってしまいやすいので、主イエスは注意しておられます。私たちは人を意識しやすい、善行を行っているときでも、他の人の目を気にしやすい。人からの評価を期待しがちです。しかし、主イエスは、それは違うと言われます。なぜなら、神は隠れたところで見ておられる方だからです。神は私たちの心も、言葉や行いもすべて知っておられ、報いてくださいます。この神を意識しよう