きょうどう-2021年 No.31 清く正しく生きる
しかし、わたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである。
マタイによる福音書第5章28節
「姦淫してはならない」。これはモーセの十戒の一つですが、私たちはこの戒めをどう受け止めているでしょうか。結婚している者は配偶者以外の異性と性的関係を持つことを、浮気、不倫と呼び、世の中の人は、よくあることと思っているのではないかと思います。でも、主イエスは、上記の言葉を語られ、まことに厳しくいましめておられます。
この言葉は、心を問題にしています。心の中で情欲を持って他人の妻をじっと見るならば、すでに心の中でその女を犯したのですというのです。情欲をもって相手を自分のものにしようとすることは、もうすでに姦淫の罪を犯したのだというのです。自分はそのようにはならないということは誰にも言えません。誰もがこの誘惑・欲望から免れないからです。しかも、このように相手を情欲を持って見てしまうことは、魅力的で、すーっと心の中に入って魅了してしまうものです。
「姦淫」の問題は、神が私たちに与えられている結婚の誓いを破ってしまうことです。結婚の関係を重んじ、夫が妻を愛し、妻が夫を愛することが大切です。これを破ろうとする誘惑は、心の中から出てきます。ですから、この自分をつまずかせてくるものに対して、断固として退けなければなりません。