きょうどう-2023年 No.16 共に歩まれる復活の主
話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。
ルカによる福音書第24章15節
二人の弟子がエルサレムから約11キロ離れたエマオという町に向かって歩きながら、最近起こった、イエスが十字架に付けられて、なくなられたことを話し合っていました。
その時、彼らのそばにいつのまにか、見知らぬ旅人が近づき、彼らと一緒に歩き始められたのです。実は、その旅人は主イエスでした。しかし、この時彼らの目が遮られていて主イエスだとは分からなかったのです。なぜ二人の弟子は主イエスが分からなかったのでしょうか。
主イエスが死んでしまわれたという深い悲しみのため、復活された主イエスが現れていたのに分からなかったのです。しかも、復活の主イエスのお姿があまりにも変貌していたからと考えられます。
旅人から、何を話しているのかを尋ねられて、彼らは主イエスが十字架に付けられて死なれたこと、その三日目の朝、墓に主イエスの遺体が見つからなかったこと、天使が現れて「イエスは生きておられる」と告げたが、彼らは主イエスが復活されたとは信じられなかったのです。なおも悲しみの中にありました。
その彼らの気持ちを知った主イエスは、聖書全体にわたってご自分について書いてあることを説明されたのです。そのとき、彼らの心は温められ、少しずつ心が開かれ、信じる者になっていったのです。