2021年5月30日 礼拝説教要旨

聖餐にあずかる 

三好 晴夫 牧師

コリントの信徒への手紙一 第11章23-26節

             

主題聖句:主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげてそれを裂き、「これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。

コリントの信徒への手紙 一  第11章23、24節

教会は、福音が純粋に教えられ、聖礼典が福音に従って正しく執り行われるところです。礼拝の中心に、説教と聖礼典(洗礼と聖餐)があるのです。それでは、聖餐がどうして重んじられなければならないのかというと、それは、主イエスが制定され、パウロも受けたことだからです。主イエスが最初に弟子たちに制定されたのは、主イエスが捕らえられ、不当な裁判にかけられ、十字架につけられる前の夜でした。主イエスはご自分に何が起こるかを知って、教えられたのが、この聖餐式です。その聖餐式の第一の意味は、主イエスを記念するために行うものということです。「わたしの記念として」つまり、主イエスを覚えることです。主イエスの十字架の死を思い起こすことです。その苦しみが私たちのためであったと思い起こすためです。

第2の意味は、私たちの罪の贖いのためであるということです。主イエスは「これは、あなたがたのためのわたしの体です」と言われました。主イエスが手で裂かれたパン切れが、十字架上で裂かれたご自身の体ですと言われたのです。それは、主イエスご自身、私たちの罪を背負ってなそうとされる十字架の贖いの業を示していました。それを私たちのためであると、信仰をもって受取りなさいというのです。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です