2015年7月12日 礼拝説教要旨

恵みをかちとる信仰

政所 邦明 牧師

マルコによる福音書 第7章24-30節

 

主題聖句: 『主よ。しかし、食卓の下の小犬も、子供のパン屑はいただきます。』…『それほど言うなら、よろしい。…』

マルコ福音書第7章28、29節 

  

この婦人のゆるぎのない信仰に大きな勇気を与えられます。まずイスラエルを選び、この民族から神が救いの計画をお始めになるのを異邦の女性は否定してはおりません。しかし、たとえ神様のご計画がそのような道筋であったとしても、この人は中心点を知っておりました。自分たち諸外国の者も、「パン屑」はいただけると信じていたのです。「屑」でも、パンの一部に変わりはありません。選民としての資格のない自分にも神は憐れみをかけ、娘を助けてくださると確信しています。神様のご計画は認めます。しかし、引き下がるようなことはしません。自分をお見捨てにはならないと信じていますから、「わたしたちを救ってくださる余地は残しておられます」と、まるで神様のご計画のスキをつくように食い下がるのです。

 

わたしたちの祈りはあまりにも淡白すぎないでしょうか。…神様のお考えは自分たちの願いとは別だ。祈ったところで、御心を変えてくださるはずがない…このように祈る前から諦めてしまっているのです。しかし、祈りの道を切り開く熱心のあることを、このフェニキアの婦人は示してくれました。したたかに、しかもユーモアを交えた自由さのある求めです。

 

その求めに主イエス様は応えてくださいました。「…それほど言うのなら、よろしい」これは〝その言葉だけで十分で、もうお帰りなさい〟というのが元の意味です。“そこまで言われるとあなたには叶わない”と、すっかりこの婦人に主イエス様が脱帽されたと理解している翻訳もあります。婦人の信仰を“然り、その通り!”と心から肯定されたのです。

 

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