2014年7月13日 礼拝説教要旨

主はわたしの羊飼い

 

政所 邦明 牧師

 

詩編 23編1-6節

ヨハネによる福音書 第10章11-18節

 

主題聖句:「死の陰の谷をゆく時もわたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる」                

詩篇第23編4

                                    

半年をかけて学んできたダビデは「先祖と共に眠りにつき、ダビデの町に葬られ…」ます。(列王記上第2章10節) 全国統一をなした王にふさわしく盛大な葬儀が営まれ、そのことが書かれているかと想像しました。ところが、葬りの様子などは一切記されておりません。まことにあっさりしたものです。「わたしはこの世のすべての者がたどる道を行こうとしている」とダビデは息子ソロモンに言い残しました。死とはダビデにとって①神の手の中に落ちること、②安心して憩うこと、なので、ことさらに騒ぎ立てる必要もなかったのでしょう。葬儀のことを何も書かないというあたり、信仰に生きたダビデらしさを現しているように思います。

 

半年間、慣れ親しんだ信仰の先生ダビデを記念し、偲ぶことにします。例えば、ダビデの作と言われる詩篇第23編に“人となり”と信仰とがよく現れています。「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。」この言葉に尽きるのではないでしょうか。かつては羊飼いの少年で、後には羊飼いの心を持つ“王”として国民という羊たちの群れを養ってゆくようになります。

 

しかし、神の前には今度は一匹の“羊”の立場に立つのです。自分の全生涯を振り返えれば、あらゆる面で“欠乏”を感じることはありませんでした。一歩間違えば、崖を踏み外し奈落の底に落ちても不思議でないところを、紙一重で踏みとどまり、生かされる連続でした。… このように、サムエル記上下のダビデにまつわる場面、場面を思い起こすたびに、「主は羊飼い」と告白するダビデの言葉が真実、胸に迫ってくるのです。

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