2019年5月5日 礼拝説教要旨

 共に歩まれる主イエス

三好 晴夫 牧師

ルカによる福音書 第24章13-35節

 

 

主題聖句:そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」

ルカによる福音書 第24章25節

 

 弟子たちにとって、主イエスが十字架で息を引き取られたことは、相当な辛い経験であったことでした。皆さんも自分が尊敬し頼りにししていた方が突然なくなるようなことがあったとしたらそれはどんなにか辛く悲しく気力を失うようなことであるのではないでしょうか。

 

そういう悲しみがある時は、目の前に明るい希望が示されたとしても、なかなか受け入れるのが難しいのではないかと思います。

 

二人の弟子たちがエルサレムからエマオに向かっている時、見知らぬ旅人が近づき一緒に歩き始めました。その人がイエス様でしたが、彼らの目が遮られていて分からなかったのでした。

 

その旅人から、何を話しているのか尋ねられ、彼らはイエスの十字架の死、その三日目の朝、墓にはイエスの遺体が見当たらなかったこと、天使から聞いた「イエスは生きておられる」という御告げを話しましたが、でもそれがイエスの復活を信じることにならなかったのです。

 

それを聞かれた旅人(主イエス)は上記の言葉を語ります。彼らは正しく理解せず、心鈍くなっていると。預言者たちが伝えていたように、メシアは苦しみを経験した後、栄光に入ることになっていたのだと、主イエスは聖書全体からご自身について解き明かされ、導かれるのです。

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