2018年2月18日 礼拝説教要旨

われ生くるにあらず

三好 晴夫 牧師

ガラテヤの信徒への手紙 2章19-20節

 

主題聖句:わたしは、キリストと共に十字架につけられています。生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。     

ガラテヤの信徒への手紙第2章19,20節

 

本年2月で私たちの教会は宣教開始百年を迎えました。これまでには戦禍など様々な苦難がありましたが、憐れみ深い主のお導きによって導かれ、今の祝福があります。そのような多くの導きの中心は、主イエス・キリストご自身とそのみ言葉です。そして、そのみ言葉を取り次いで、私たちに伝え、そのみ言葉通りになるように祈り実践されたのが、歴代の牧師・宣教師たちでした。

 

残された資料を見ますと、歴代の先生方が愛と祈りを持って伝え、実践して来られた信仰が、今日の御言葉に込められた信仰です。

 

主イエス・キリストが十字架につけられたその時、「わたしたちの古い自分」、すなわち、生まれつきの罪深い自分も、一緒にその十字架につけられて、死んでいるということを認める信仰です。

 

パウロがまだキリスト教を迫害していた時、彼に復活の主イエスは現れて、イエスこそ真の救い主であると示されました。その出来事を通して、パウロはイエスを信じました。その時、自分の生まれつきの罪深い性質がキリストと共に十字架につけられて死んでいると分かり、もはや自分が生きているのではなく、復活されたキリストが自分の中に生きておられると分かったのです。復活の主イエスが、信じる私たちの中に生きておられると、歴代の先生方から、私たちに語り伝えられてきているのです。

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